不器用な自分と、来年もいっしょに歩いていく。

季節のエッセイ
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気づけば師走。 1年が早すぎる!

そういう言葉も、もう30代にもなればすっかり言いなれてくる。


約30年も生きていると、少しは社会人としての経験も積んだ、荒波にも揉まれて頑張ってきた。

けど・・私ってこんな感じでいいのか?という波がおそってくることは何回もあった。

正直、わたしは焦っていた。

別になにか成果を挙げなければいけないわけでもない、誰かにとやかく言われるわけでもない。

でもなんとなく自分が歯がゆくて、いつになったら〇〇ができるのだろう?と、いつもがんばっている自分をおいて、本音を無視してはとても小さなことも自己否定することがふえていた。

そんな調子でいたので、ついに「今年は立ち止まって自分と向き合わなければな!」と思う状況に多々あっていた。


私は馬鹿まじめなところがあり不器用。 そして負けず嫌い。

そう判断して、なにかを良いと光を強くすれば、影は一層濃くなっていく。

長所なのか短所かもしれない絶妙なラインをしょっちゅう行き来する自分。

そのラインを超えて、はっきり白だ黒だと分かる世界を生きるじぶんに心底嫌気がさしていた。

そこで人生で初めての試み。 自己分析をしてみたのだ。

結果的に、思い描いているものと違う自分が出てくることを、否定している自分がいることに気がついた。


『自分の弱さを認めると 強くなれる。』

『自分に優しい人は 人にも優しい。』

そんなこと本当にあるの?って割と最近までわかってなかったけど。

本当だった。

自分が何に不満で、何に満たされていないのか。 本当はどうしたかったのか、どうしてほしかったのか。

大小関係ない、自分の本音も弱さもしっかり認めて、それらと共存していくコツをつかむこと。

本当の自分というものを疎かにしてはいけない。


日々どんな自分も私っぽいなと認めているうち、長所・短所という白黒ラインについて「わたし、今飛び越えてはっきりこっち側にいますから!!!」と感じることがめっきり少なくなった。


色々巻き起こることがあっても、まぁそんなもん。 そう思える間は、おだやかな世界で生きられていると感じる。

見える世界は、自分がつくっている。

わかってはいるけど、難しい。

気づかないうちに、望んではいないことを導いてしまうことがある。 ひと山乗り越えるのは、大変だったけど、そう気付けたことは私にとってしあわせなことだ。


わずかではあるが歳を重ねていく感覚と、少しの自信がもてた2022年。

来年はそれをもって、それなりに苦楽をたのしめるかもしれないと思うとワクワクする。

自分のすべてをゆるせるのは、なんだか清々しい。 今は、そんな気がする。


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