【穀雨】 八十八夜は茶摘み、お茶壷道中  《 4月20日頃 》

日本の こよみ
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穀物を潤す春雨が降る頃となりました。

春が過ぎゆくのはさみしいですが、夏に向かいながら植物たちも成長していきます。


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日本の暦を愉しむ

穀雨とは?

田畑の準備が整い、穀物をうるおす春の雨が降るころ。

種まきに最適な季節。

日によっては気温が上昇し、夏の訪れを感じる。


茶摘みの合図 「八十八夜」

立春から八十八日目を「八十八夜」と言います。

茶の栽培は、新植した苗を数年の歳月をかけて大事に育てられます。

4年目程度から摘採が可能となり茶摘みが行われていきます。

その茶摘みの目安となるのが「八十八夜」。茶摘みの最盛期を迎えるころです。

しかし春雨が過ぎて気候が安定したかと思えば、遅霜により作物がだめになってしまうこともあるため、細心の注意を払われています。

摘栽された新芽には、冬を越えて蓄えられた旨み成分が豊富に含み、香りも良いです。

「長寿のお茶」と呼ばれ縁起物とされていることや、「八」は末広がりで縁起の良い日としても親しまれています。


お茶壺道中

江戸時代、徳川家光をはじめとする将軍家に京都のお茶は大変好まれていました。

将軍家の御用達とされ、宇治のお茶は「茶壷」に入れられ江戸まで運ばれていました。

毎年4〜5月ころになると、「お茶壷道中」と呼ばれ茶壷を運ぶ行列が通ります。

『ずいずいずっころばし 胡麻味ずい 茶壷に追われて とっぴんしゃん 抜けたら どんとこしょ』

こちらのわらべうた、聞いたことがあると思います。

『胡麻味噌をすっていたら、茶壷をもった行列がやってきたので家に入り戸をピシャリと閉めた。 通り過ぎれば一安心』

そんな様子をうたっています。

茶壷も持った行列が通った際に、粗相があっては大変なことになります。

庶民はひれ伏し、大名も道を譲ったと言われています。

“茶道の歴史” ちょっと紐解いてみます。
こちらは「茶道の歴史とは?」「お茶はどこから来てどのように広まったの?」という疑問をお持ちになった方へ、少しでもお手伝いができるように心がけて書いた記事となります。私は「茶道の歴史とは?」と考えるようになったの

まとめ

立春を目安にして、茶摘みの時期とされている八十八夜。

厳しい寒さを越え、たくさんの光を浴びた新芽は香りもよく、お茶を味わうのが待ち遠しくなります。

またこの時期は、「牡丹」や「芍薬」なども見頃を迎えます。

花屋や庭園でも目にする機会が増え、美しい花を楽しむことができるでしょう。

穀雨は春の節気としては最後となり、夏の準備を始めていかなければなりません。


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